現在も異彩を放つ 「ガトリング・ビーム」

 2001年1月、日産の高級車 ”シーマ” に搭載されたのが ”ガトリング ビーム” と名付けられたヘッドライトです

 その後、日産の旗艦車 ”プレジデント” にも搭載され、周囲の目を引く大型の光学ユニットは改造マニアの心を捉えます。ガトリング・ビームの光学ユニットはネット上で売買され、カスタムライトの定番アイテムになりました

 光源のHIDバルブは1つですが外観は7つのレンズで構成され、見た目がそのまま ”ガトリング砲” なので覚えやすいネーミングですね。本物のガトリング砲は下の写真をご覧ください

上側発光部がガトリングビーム         Source ; Nissan

米軍 M61 バルカン砲(ガトリング砲)  Source ; wikipedia ガトリング砲 

 実は7つのレンズは中でつながっている一枚レンズなのですが、わざわざコストを掛けてまで、複数レンズデザインの特殊光学系を採用した理由は何でしょうか?

 日産のデザイナーが、ガトリング砲を好きだったのかどうかは分かりませんが、デザイン以外に光学面のメリットが沢山あるので、それについて解説します

 HIDの特長は白い光とハロゲン比3倍の明るさです。HIDは1980年代前半から開発が続けられ、世界初のHIDヘッドライトは1991年にBMW7シリーズで採用されたボッシュ製です。日本初は1995年6月に三菱スーパーグレートで採用されたスタンレー製です

 翌年1996年8月に日産テラノ、同年9月にトヨタ マークⅡが小糸製のHIDヘッドライトを採用し、2000年頃になると各社から1000ルーメンを超える明るいヘッドライトが競うように出てきます

 HIDヘッドライトは光源にパワーがあるので、明るくすることは簡単に出来るものの、手前の路面を明るくし過ぎると、遠方の暗い道路が見え難くなり、遠方を明るく照射しようとすると、配光法規で定められた光度上限値を越えてしまうというジレンマに陥ります

 特に1000ルーメンを超えてくると、法規を満たして走り易い配光を形成するには、光の配分をかなり緻密に制御する必要がありますが、1つのレンズで配光を緻密に制御するのは、難易度がかなり高いのです

 この点でガトリング・ビームは、HID光をリフレクタで7つのレンズに分配している為、緻密に配光を制御することができ、当時最も明るい1200ルーメン級の照射光束を実現することが出来ています

 良いヘッドライトは、前方道路を広く一定の明るさで見えるようにします。手前と左右方向の路面は均質かつ適正な明るさで照らし、遠方路面も出来るだけ明るく照らせるよう、下方から水平角度に近づくにつれて急激に光度が高まるように光は制御されます

 一般的な懐中電灯の場合、垂直面を一様に明るく照らすように設計されている為、角度によって光度が大きく変わることはありません。これをヘッドライト代わりに使用すると、手前が異常に明るくなり、ハレーション気味になります。その一方で遠方を明るく照らすことは出来ません

 ガトリング・ビームは、水平線から0.57°下方の位置にカットオフを形成し、カットオフより下方1°の狭い範囲に光を集中して照射することで上記問題を解消します

 ガトリング・ビームを光軸方向から見ると、HID光は光軸の上下左右の円周方向に光を放ちます。その中で真横に出てくる光は、上下方向に拡散しにくい特性を持つため、左右両端にある2個のレンズでカットオフ下方1°の領域に光を集中させています

レンズ位置と配光の関係        Source ; 特許301719

 現在のLEDヘッドライトは光源を複数持つことが許されており、多眼レンズを各々独立させて光学設計を行うことが容易にできます

 昔のハロゲンやHIDは光源数が1つに制限されていた為、このような特殊な多眼光学系を採用することで、配光バランスを最適化させていました

 従来のプロジェクター式ヘッドライトは、使用するレンズの直径がΦ60mm~Φ80mmで、前後方向のレンズ厚は25mm~30mmほどあります

 ガトリング・ビームの7つのレンズは直径 Φ38mmで厚みは15mm程度しかないので、光学ユニットの前後方向の奥行きが10mm~15mmほど短縮します

 これにより、ヘッドライトのスペースが取れない車種においても、ガトリング・ビームを搭載することが可能になります

 ガトリングビームの正面視サイズは、7つのレンズを一塊として見た場合にΦ130mmもあります。従来のプロジェクターはΦ60mm~Φ80mmですから、見た目のサイズは約4倍に拡大することになります

 その結果、従来では ”点” にしか見えなかった発光部が、”面” として見えるようになり、夜間における他車からの視認性が向上します

 現代のLEDヘッドライトは多眼が当たり前になっていますが、ガトリングが登場した2001年当時は、LEDヘッドライトのプロトタイプも珍しかった時代で、多眼デザインは斬新でありインパクトは強烈でした

 今も4輪2輪を問わず ”光りモノ” のカスタムアイテムとして、ガトリング・ビームに換装することは行われていますし、ガトリングデザインのアフターパーツも販売されていますので、人目を引く効果は未だに褪せていないのは凄いことですよね

  この”ガトリング・ビーム” を搭載したヘッドライトは、4輪では日産シーマ、プレジデントが7眼タイプ、2輪ではカワサキ バルカン2000が3眼タイプを搭載しています 

日産 プレジデント 2003年 7眼ガトリング    source ; 日産自動車

カワサキ バルカン2000 3眼ガトリング      Source ; JSAE

 ちなみに、ガトリング・ビームの外周メッキ部には「MULTI LENS : Made in Germany」という刻印があります

 ドイツのガラスレンズメーカー ” Docter Optics社” が製造し、Φ130mmの一枚のガラス板に7つの凸レンズが形成されています

 通常のΦ60mm~Φ80mmのレンズでも寸法精度を出すことに苦労していた時代に、Φ130mmの巨大レンズを量産していたことには驚きますし、ドイツからの輸入もコストアップ要因となります

 こうした数々の困難を乗り越え、日産のフラッグシップに相応しいヘッドライトを作り上げた技術者の努力と情熱には頭が下がります

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