ヘッドライトの世界は、世界初を巡る開発競争が数多く繰り広げられてきた
1980年代前半から開発競争が始まったHIDヘッドライトは、1992年のBMW7シリーズが初めて実用化し、続くLEDヘッドライトは2007年のレクサスLS600hが世界初の称号を得た
翌年2008年にアウディがハイビームも含めて全機能をLED化したフルLEDヘッドライトをR8に搭載し、2011年にはVWがADB(配光可変ハイビーム)を世界で初めてトアレグに採用
この後、次の世界初技術として注目を集めたのが、”レーザー光源” を用いたレーザーヘッドライト。多くのカーメーカー、ライトメーカー、光源メーカーが開発を進める中で、特に激しく競い合ったのがBMWとアウディの2社。後に「Laser Battle」と呼ばれる
ここではレーザーヘッドライトの開発トピックスを時系列で眺める
- 2011年9月 BMW レーザーヘッドライト・コンセプトを発表
- 2011年10月 シャープ ヘッドライト用レーザー光源の論文発表
- 2013年3月 アウディ レーザー応用の車載ライティング論文を発表
- 2013年3月 スタンレー電気 レーザーロービームを公道実験車へ搭載
- 2013年4月 ダイムラー レーザービームプロジェクター・コンセプト
- 2013年9月 BMW 2014年秋のレーザーハイビーム実用化を発表
- 2014年1月 アウディ 2014年夏のレーザーハイビーム搭載を発表
- 2014年3月 BMW 6月にレーザーハイビーム搭載i8の納車を発表
- 2014年5月 アウディ レーザーハイビーム搭載のR8 LMXを正式発表
- 2014年6月 BMW レーザーハイビーム搭載 i8を納車
- 2014年10月 アウディ R8‐LMXの納車開始
- 現在 レーザーヘッドライト世界初はアウディ
- 最後に
2011年9月 BMW レーザーヘッドライト・コンセプトを発表
2010年頃から、一部の光源メーカーやライトメーカーは、レーザーヘッドライトの基礎研究をスタート。レーザーは指向性が強く、LEDよりも強い光を照射できると考えられていた
物理に詳しい方は「レーザは単一波長なので白色光を作るにはRGB3色のレーザーを組み合わせる必要がある」と思われるかも知れない
実際はLEDと同様に、青色(青レーザー)と黄色蛍光体の組み合わせで白色光を生成する
具体的には青レーザーを蛍光体に照射し、蛍光体は青レーザーの一部を黄色光に変換。残りの青レーザーは青色光としてそのまま透過し、青色光と黄色光が丁度良い比率で混ざり合うことで、蛍光体から白色光が照射される
レーザー光源の基本構成、青レーザー(Laser Diode)と蛍光体(Phosphor)
青色レーザーと黄色蛍光体の組み合わせは、LEDに対して白色光の輝度に大きな違いがある。レーザーによる白色光の輝度はLEDの数倍~十数倍に達し、これにより遠方を明るく照らせるようになる他、光学ユニットの小型化が可能になる
一方、ヘッドライト用の光源としては、急速に性能向上が進んだLEDに対し、絶対的な光量や耐久性等の確保が難しく、実用化には10年以上掛かると思われていた
そんな折に突如、BMWがレーザーヘッドライトのコンセプトモックを公開し、3年後の2014年に実用化すると発表
2011/9/1 BMW develops laser light for the car.
白色レーザーの発光原理サンプル
右下から左上の蛍光体に向けて青レーザーを照射して白色光を生成
この時、多くの会社はLEDヘッドライトの開発に注力していた為、BMWの発表に驚く一方、実現性に対して懐疑的な見方をする人が少なくなかった
2011年10月 シャープ ヘッドライト用レーザー光源の論文発表
BMWが発表した翌月、日本の家電大手シャープが、ヘッドライト用の白色レーザー光源の論文を発表。具体的な実験により白色レーザーの輝度を数字で示した初の論文になる
レーザーヘッドライト・光源コンセプト
左上から青レーザーが導光体を経由し、リフレクタ内の蛍光体を照射する
シャープは翌年に公開技報を出すも、それ以降、プレスリリース等の情報を出していない
2013年3月 アウディ レーザー応用の車載ライティング論文を発表
アウディはSAE(米国自動車技術協会)のシンポジウムで、レーザー光源の車載ライト応用について、DRLやターンシグナル、歩行者スポット照射などの可能性を発表
アウディは2000年代半ばから、レーザーを単一波長で使用するライティングアプリケーションの研究を続け、レーザーリアフォグのコンセプトが有名
それまではレーザーの白色ライトへの応用は言及したことが無かった為、本論文は注目を集めた
レーザーリアフォグ・コンセプト
2013年3月 スタンレー電気 レーザーロービームを公道実験車へ搭載
スタンレー電気は、慶応大学 EVベンチャー・シムドライブ社の公道実験車”シムセル”に、LEDとレーザーのハイブリッド式ロービームを搭載
シムセルは国交省大臣による特別認定車両で販売車両ではないが、公道走行が可能なナンバー付き車両に搭載されたレーザーヘッドライトとしては世界初として注目を集めた
2013年4月 ダイムラー レーザービームプロジェクター・コンセプト
上海モーターショーでレーザービームプロジェクターを搭載した ”GLAコンセプト” を発表。前方スクリーンに映画などを投影する娯楽用途であったものの、ベンツがレーザーヘッドライトに乗り出すと話題になった
レーザープロジェクター・ヘッドライト 光学原理等の詳細は開示なし
2013年9月 BMW 2014年秋のレーザーハイビーム実用化を発表
BMWは2013年のフランクフルトモーターショーでBMW i8をアンベール、2014年秋からレーザーハイビームを搭載すると発表
BMW i8 レーザーヘッドライト
2011年のコンセプト発表から丸2年、BMWからレーザーヘッドライト関連のプレスリリースが途絶えており「BMWは開発を諦めた」、「レーザーヘッドライトは技術的に実現困難」という見方も出ていたが、本プレスリリースはそれを一蹴
自動車メディアは「BMWがレーザーヘッドライトを世界で初めて実用化」と大きく報じた
2014年1月 アウディ 2014年夏のレーザーハイビーム搭載を発表
アウディはCES会場で、レーザーハイビームを搭載したSports-Quattroコンセプトを展示。夏までにレーザーハイビームを99台限定のスポーツカー ”R8-LMX” に搭載すると発表
水面下でレーザーヘッドライト開発を続けていたアウディが、BMWに対して勝負を仕掛けたカタチになる
CESで展示されたAudi Sports-Quattroコンセプト、4眼の各中央部がレーザーハイビーム
BMWは秋ごろに量産開始としていた為、自動車メディアは「レーザーヘッドライトはアウディが勝利」と報じた
2014/1/7 BMW, Audi will introduce laser headlamps this year
2014/2/17 Audi Starts Laser Fight With BMW By End of Year
2014年3月 BMW 6月にレーザーハイビーム搭載i8の納車を発表
BMWは3月10日、i8の生産計画を当初の秋頃から4月に変更し、6月から顧客へ納車を開始すると発表。これを受け、メディアは「BMWが勝利した」と報じた
2014/3/5 Automakers Eye Laser Lights To Let Drivers See Farther At Night
2014/4/1 BMW’s new i8 is the first production car with laser headlights
しかし、この後、BMWはi8の納車開始時期を6月から8月に延期すると発表。アウディの納車時期は夏頃としていた為、世界初を巡るレースは混沌とする
2014年5月 アウディ レーザーハイビーム搭載のR8 LMXを正式発表
当初、夏頃の納車開始を予告したアウディだが、BMWの納車時期が8月頃に延期されるとの発表を受け、R8ーLMXの正式発表と同時に、生産開始時期を夏頃から6月~7月への前倒しを発表
アウディは「世界初のレーザーハイビーム搭載」を宣言
2014/5/9 The Audi R8 LMX – world’s first production car with laser high beams
メディアも「レーザーヘッドライトの戦いはアウディが勝利」と報じた
2014/5/10 Audi wins laser light race
2014/5/10 アウディR8LMX、世界初のレーザー・ハイビームを装備
2014年6月 BMW レーザーハイビーム搭載 i8を納車
BMWは6月5日、突如、ミュンヘンのBMW博物館で特別に選ばれた8人の顧客にレーザーハイビームを搭載したi8を引き渡すセレモニーを開催
テレビの司会者や著名人が招待され、メディアは「BMWがアウディとの戦いに勝利した!」と大々的に報道
BMW博物館内のセレモニー会場と8台のBMW i8
2014/6/5 BMW Beats Audi to Production Laser Headlamps, World Keeps Turning
2014/6/7 World’s First BMW i8 Owners Take Delivery In Germany
2014年10月 アウディ R8‐LMXの納車開始
BMWの勝利宣言後、アウディは遅ればせながら世界で2番目となるレーザーハイビーム搭載車の納車を開始。前倒し宣言の6月~7月納車開始は、結局10月にずれ込んだ
2014/10/7 世界99台限定のアウディ R8 LMX、6台を日本導入
アウディ・ライティング部門トップのステファン・ベルリッツ氏は「BMW i8のレーザーヘッドライトはオプション装備。我々のレーザーヘッドライトは標準装備であり、真の量産車向けレーザーヘッドライトだ」とコメント
現在 レーザーヘッドライト世界初はアウディ
レーザーバトルを制したBMWだが、2014年6月5日のセレモニー後、i8購入者がレーザーハイビーム・オプションを選択できないという状態が続く
理由はデリバリー・トラブル。誰もがオプション購入できるようになったのは、早くても2015年後半かそれ以降で「BMWは本当にレーザーハイビームを開発できていたのか?」という疑問が出始める
そもそもレーザーハイビームを搭載した8台のi8納車セレモニーは特定顧客への引き渡しで、レーザーハイビームも無償提供だった
一方、アウディは限定99台ながら約3,000万円の高級スポーツカーをディーラーで店頭販売し、実際に誰でも購入可能な状態であったということと、2015年末には非限定生産車の新型R8にレーザーヘッドライトを搭載したことから、徐々に「世界初はアウディ」との見方に傾く
2024年4月時点、ネット検索で「レーザーヘッドライト、世界初」で検索すると、「世界初はアウディ」とする記事が9割近くを占める
レーザーバトルから10年、最終的にアウディがバトルを制した
最後に
ヘッドライトの世界では、新光源は技術進化と時代の変化を表す象徴。白熱バルブ、ハロゲンバルブ、HIDバルブ、LED等がそれに該当
新光源を誰よりも早く実用化して世界初の称号を得ることは、関係する全メーカーにとって栄誉であり、歴史的偉業と認められれば自社ブランドの価値向上効果は永続的になる
各社が一番乗りに血眼になるのは当然で、そういった点で、BWMとアウディというドイツを代表する高級車メーカーによる先陣争いは見どころがあり、技術の進化が加速したことは間違いない
一方、バトルは広報の独り歩きという側面もあり、互いに生産開始時期を前倒した結局、BMW、アウディともに実際の生産開始は大きく遅れた
レーザーの次にくる新光源は見当たらないが、論文ベースでは技術シーズの仕込みが行われている。それらがいつ芽を出すか、誰が一番乗りとなるか、期待して待ちたい