前照灯の花形技術といえば明るい新光源です。1991年にBMW7シリーズがHID前照灯を初搭載し、2007年にレクサスLS600hがLED前照灯の実用化に成功して話題となりました
その後、注目を集めたのがレーザー前照灯です。開発が始まった2010年頃はまだLEDの知名度が低く、LED前照灯のメリットも分かり難いところがありました。一方、レーザーという言葉は子供から高齢者まで幅広く認知され、レーザー前照灯は話題性と訴求力を期待することができました
実用化の一番乗りを目指し、多くの企業が開発に取り組む中で、アウディとBMWの2社が激しく競い合います。 ”Laser Battle” と呼ばれた2社の開発競争を中心に、レーザー前照灯を巡る開発を時系列にまとめます
- レーザー光源
- 2011年9月 BMW レーザー前照灯コンセプト
- 2011年10月 シャープ 前照灯用レーザー光源の論文
- 2013年3月 アウディ レーザーの前照灯応用の論文
- 2013年3月 シムドライブ・レーザーロービーム搭載車
- 2013年10月 小糸製作所、レーザー前照灯コンセプト
- 2013年9月 BMW 2014年秋のレーザーハイビーム搭載を宣言
- 2014年1月 アウディ 2014年夏のレーザーハイビーム搭載宣言
- 2014年3月 BMW 6月にレーザーハイビーム搭載を発表
- 2014年5月 アウディ レーザーハイビーム搭載 R8 LMXを発表
- 2014年6月 BMW レーザーハイビーム搭載 i8 を納車
- 2014年10月 アウディ R8‐LMXの納車開始
- 2015年 BMW・デリバリートラブル
- 現在 世界初はアウディ・R8‐LMX とすべき・・・
- 最後に
レーザー光源
2010年頃から一部企業が水面下でレーザー前照灯の研究を開始します。レーザーはLEDよりも光の強度が高く、遠方照射性能の向上が期待できます
発光原理はレーザーダイオードが放つ青レーザーの一部を蛍光体で黄色光に変換し、青レーザーと黄色光を合成して白色光を生成します。光源から照射される光はコヒーレント性が失われた一般照明光になります

白色レーザー・基本構成
白色レーザーはLEDと比べて数倍~十数倍の高輝度な白色光を放ちます。しかし光量不足や耐久性不足、目に対する安全性確保などの課題があり、実用化には長い年月が必要とされていました
2011年9月 BMW レーザー前照灯コンセプト
光源メーカーが白色レーザーを開発中との噂が流れる2011年、BMWはレーザー前照灯のコンセプトモックを公開し、3年後の2014年に実用化すると発表します
2011/9/1 BMW develops laser light for the car.

BMW、レーザー前照灯・コンセプトモック
公開されたコンセプトモックは実用性に欠けた見た目であったことから、3年後の実用化を信じる人は少数に留まりました
2011年10月 シャープ 前照灯用レーザー光源の論文
BMWのコンセプト発表の翌月、日本の家電大手シャープが白色レーザーの論文を発表します。具体的な前照灯構成の原理試作を用いて、白色レーザーの輝度を計測しています

前照灯用レーザー光源とリフレクタ
シャープは2009年からレーザー前照灯の特許を出願し、2010年に商標を申請するなど早くから開発に取り組んでいました。2012年の公開技報を最後にプレスリリースは途絶えますが、特許出願は2016年頃まで続き、出願件数は100件以上に上ります
2013年3月 アウディ レーザーの前照灯応用の論文
アウディはSAE(米国自動車技術者協会)シンポジウムにおいて、レーザーの前照灯応用事例として、DRLやターン、歩行者スポット照射などの可能性に言及します

2007年 アウディ、レーザーリアフォグ・コンセプト
アウディは古くからレーザーの車載照明応用を模索していた企業として知られます。2005年にレーザーリアフォグのコンセプトを公開していますが、SAEで初めて白色レーザーに言及したことで、レーザー前照灯開発の可能性に注目が集まります
2013年3月 シムドライブ・レーザーロービーム搭載車
インホイールモーターの日の丸EVベンチャー・シムドライブは、公道実験車 ”シムセル” にLEDとレーザーのハイブリッド式ロービームを搭載して注目を集めます


シムセルは国交省大臣が特別に認定した実験車で、レーザー前照灯はスタンレー電気が製作しました。内部の青色半導体レーザーはエネルギー密度が高く、火災や失明の恐れがある為、外部に漏れないように多重のフェールセーフを設けています
公道走行可能なナンバー付き車両に搭載されたレーザー前照灯としては世界初になります
2013年10月 小糸製作所、レーザー前照灯コンセプト
小糸製作所は東京モーターショーでレーザー前照灯のコンセプトモックを公開します。小さな発光部と描画投影機能をアピールします

小糸製作所、レーザー前照灯・コンセプトモック
2013年9月 BMW 2014年秋のレーザーハイビーム搭載を宣言
BMWはブランド初のEV・BMW i8をフランクフルトモーターショーで公開し、2014年秋の販売開始とレーザーハイビーム搭載を宣言します

https://www.bimmertoday.de/2013/12/19/bmw-laser-licht-scheinwerfer-i8-video-voll-led-hybrid/
BMW i8 レーザー前照灯
2011年のレーザー前照灯コンセプトの発表から2年、BMWのプレスリリースは途絶えていましたが、レーザー前照灯の搭載車と時期を明言したことで、自動車メディアは「BMWがレーザー前照灯を世界で初めて実用化」と報じます
2014年1月 アウディ 2014年夏のレーザーハイビーム搭載宣言
アウディは米国ラスベガスで開催されたCESで、レーザーハイビームを搭載したSports-Quattroコンセプトを展示します。そして夏までに99台限定の高級スポーツカー ”R8-LMX” にレーザー前照灯を搭載すると宣言します

CESのAudi Sports-Quattroコンセプト、4眼レーザーハイビーム
BMW i8の2014年秋よりも早い販売開始を宣言した為、自動車メディアは「レーザー前照灯はアウディが勝利する」と報じます
2014/1/7 BMW, Audi will introduce laser headlamps this year
2014/2/17 Audi Starts Laser Fight With BMW By End of Year
2014年3月 BMW 6月にレーザーハイビーム搭載を発表
BMWは3月10日、i8の生産計画を秋から4月に変更し、6月に顧客への納車を開始すると発表します。これを受けてメディアは「BMWが勝利した」と報じます
2014/3/5 Automakers Eye Laser Lights To Let Drivers See Farther At Night
2014/4/1 BMW’s new i8 is the first production car with laser headlights
しかしこの直後、BMWはi8の納車時期を8月に修正し、アウディとの世界初を巡るレースは混沌とします
2014年5月 アウディ レーザーハイビーム搭載 R8 LMXを発表
アウディは年頭、レーザー前照灯を夏頃に納車と予告していましたが、R8ーLMXの正式発表の場で、納車時期を6月~7月へ前倒しすると発表します
2014/5/9 The Audi R8 LMX – world’s first production car with laser high beams

アウディ R8-LMX、世界99台限定車
この時、アウディは初めて「 ”世界初” のレーザーハイビーム搭載」と世界初の言葉を使用した為、メディアは「レーザー前照灯の戦いはアウディが勝利した」と報じます
2014/5/10 Audi wins laser light race
2014/5/10 アウディR8LMX、世界初のレーザー・ハイビームを装備
2014年6月 BMW レーザーハイビーム搭載 i8 を納車
BMWは6月5日、ミュンヘンのBMW博物館でレーザーハイビームを搭載した i8 の納車セレモニーを開催します。特別顧客8名にi8を引き渡し、会場にはテレビの有名司会者や著名人、メディア関係者を招待して大々的にPRを行いました
これを受けてメディアは「BMWの勝利」を宣言します

BMW博物館内のセレモニー会場と8台のBMW i8
2014/6/5 BMW Beats Audi to Production Laser Headlamps, World Keeps Turning
2014/6/7 World’s First BMW i8 Owners Take Delivery In Germany
2014年10月 アウディ R8‐LMXの納車開始
BMWの勝利宣言から4ヵ月後、アウディはレーザーハイビームを搭載した R8-LMX の納車を開始します。5月に宣言した納車開始時期6月~7月は守られず、10月にずれ込んでいます
2014/10/7 世界99台限定のアウディ R8 LMX、6台を日本導入
アウディは「BMWのレーザーハイビームはオプション装備に過ぎない。我々は標準装備であり真の量産車向け製品である」とコメントを残します
2015年 BMW・デリバリートラブル
レーザーバトルを制したと思われたBMWですが、2014年6月の納車セレモニーの後、一般のi8購入者がレーザーハイビームを購入できない事態が判明します。デリバリートラブルは1年以上続き、誰もが購入できるようになったのは2016年以降とされます
BMW i8にLED前照灯に比べ2倍もの照射距離を実現した次世代ライト技術「BMW レーザーライ」を導入
当然ながら「BMWは本当にレーザーハイビームを開発できていたのか?」という疑問が沸き起こります。セレモニーで納車されたレーザーハイビーム搭載の8台は、BMWが選んだ8名に納車され、且つ無償で提供されていました
一方、アウディのR8‐LMXは限定99台ながらディーラーで店頭販売され、誰もがお金を払えば購入可能な状態にありました。翌2015年末には新型R8にレーザーハイビームを搭載し、数量限定なく販売を開始したことから、レーザー前照灯の世界初はアウディとする見方が出てくるようになります
現在 世界初はアウディ・R8‐LMX とすべき・・・
新技術の一番乗りは定義が曖昧で、勝者を決めることは容易ではありません。例えば電球の発明者といえば、かつてはエジソンでしたが、現在は4名~5名の名前が挙がり、エジソンは ”実用的な電球” という条件付きの発明者に後退しています
レーザー前照灯については、先にBMWが特定顧客に無償提供したことは事実です。一方、先にアウディが顧客を選別せずに販売を開始したことも事実です。どちらが世界初かと問われれば アウディとすべきように思います
自動車部品の開発で最も苦労するのは長期間の過酷な使用環境に耐え得る信頼性の確保です。BMWのレーザー前照灯は大衆の目に晒されず、信頼性の確保が不十分であった可能性を否定することができないからです
最後に
新技術が世界初と認められれば技術力と開発力が世間に認められたことになります。歴史的な偉業となればブランド価値の向上につながります。レーザー前照灯のように注目度が高い技術であれば、各社が一番乗りを目指して血眼になるのは当然です
レーザーバトルの残念な点は、アウディとBMWが共に販売開始時期を前倒しし、結局その開始時期を両社ともに守れなかったことです。BMWは不完全な状態で見切り発車した可能性があり、アウディの納車時期は宣言から4ヶ月遅れました
この頃、欧州自動車業界では水面下でディーゼル不正が行われていました。行き過ぎた競争意識と現場を顧みない上層部の暴走は、レーザーバトルの顛末に繋がっているのかも知れません
レーザーに続く新たな光源の姿はまだ見えてきませんが、論文ベースでは幾つか仕込みが行われているようです。次の光源がいつ芽を出して、誰が一番乗りになるかを楽しみにしています