ロービームでは遠くが見えず、ハイビームではまぶし過ぎる。ロービームよりも遠くが見えて、ハイビームほど眩しくないような中間の照らし方はできないのか? という考えから生まれたのが ミドルビームコンセプトです。
自動車の黎明期から現在に至るまでミドルビームの研究は幾度となく行われ、一部は姿や形を変えて製品化されていますので、その歴史と今をご紹介します。
1933年~1934年 PACKARD Tri-Beam
Wikipedia Headlamp によれば、ミシガン州デトロイトの高級自動車メーカー「Packard社」は、1つの電球に3つのフィラメントを封入し、点灯フィラメントを切り替えることで、従来のハイビームとロービームに加え、市街走行用の新たなビームを備えていました。
・ハイビーム country driving beam
・ロービーム country passing bean
・市街走行ビーム city driving beam
市街走行ビームがどのような光らせ方であったのかは不明ですが、ロービームとハイビームの中間の明るさを狙っていたと思われます。
1934 PACKARD TWELVE COUPE
搭載車種は不明ですが、Packard愛好者サイトのPackardClub によれば、1933年に世界初の新技術が6件集中している為、その年に発売された Packard TWELVE が技術リッチな新型車だったと考えられます。Tri-Beamもそれ以前に発売された車種の年次改良では無く、 Packard TWELVEに新採用された技術の1つと推測します。
1934年 NASH Three-Beams
Wikipedia Headlampによると、米国ウィスコンシン州の自動車メーカー「Nash Motors」は、ダブルフィラメントによるロービーム、ハイビームの切替えに加え、片側ライトをハイビームにすることで第3のビームを実現しています。
具体的には運転席側ライトをロービーム、助手席側ライトをハイビームにすることで、路肩側はハイビームで視認性を最大化し、運転席側はロービームとして対向車への眩しさを抑制します。
・ハイビーム (左右ともハイビーム)
・ロービーム (左右ともロービーム)
・サードビーム (運転席側:ロービーム、助手席側:ハイビーム )
1934 Nash Ambassador Eight 4-Door Sedan
PackardやNashのミドルビームコンセプトを引き継いだクルマがどれだけあるかは調べ切れていませんが、1967年以降は米国配光法規FMVSS108により、ハイビームやロービーム以外のビーム機能は認められなくなります。
ただしSAE(米国自動車協会)規格に準拠したフォグライト等の補助ライト類は任意装着ができる為、補助ライトとしてのミドルビームが登場します。
1969年 DODGE SUPER LITE
FORDが1969年式のPolaraとMonacoにオプション設定したのが、補助ハイビームの ”SUPER LITE” です。歩行者に対する視認性向上と防眩の両立を狙いとしています。
・ハイビーム
・ロービーム
・ロービーム + SUPER LITE
1969 Monaco and Polara グリル右側にSUPER-LITEを搭載
上段:ハイビーム 中段:スーパーライト+ロービーム 下段:ロービーム
写真の壁に映るパターンから、SUPER LITEはロービームのようなカットオフを持ち、歩行者の首から下を明るく照射しています。ただ当時の資料を読むと、課題はシビアな光軸調整とあったので、実際には期待通りの効果を出せていないことも多かったのではないでしょうか。
1970年代 FORDのミドルビーム研究
1970年代に入ると、FORDは当時最新技術であったコンピューターを導入し、ロービーム、ハイビーム、そしてミドルビームによる視認性向上の可能性について研究をスタートします。
一般にヘッドライトの光度を増やすと視認性は改善しますが、周囲にデリニエータ等の反射物があると、反射グレアの増加により場合によっては視認性が悪化してしまいます。FORDは実際の道路形状とデリニエータ、対向車の位置、そして様々な照射パターンを組みあわせ、歩行者の視認性と反射グレアの悪影響、及び対向車へのグレアの影響をコンピューターでシミュレーションしました。
1973年 FORD論文 スクリーン光度 左からロービーム、ハイビーム、ミドルビーム
研究は10年以上続き、当初はミドルビームの有効性を示すレポートが大学等から複数報告されました。NHTSA(米運輸省高速道路交通安全局)も研究に協力し、法制化に前向きな姿勢を示しました。
しかし1970年代後半になると、ミドルビームを搭載するメリットより、道路形状やエイミングのバラつき等によるデメリットの方が大きいことが分かってきました。研究は1980年代半ばまで続けられましたが、最終的にFORDは実用化を断念することになります。
2021年 ホンダのADB 「ミドルビーム・システム」
1980年代以降はミドルビームの研究が下火になる一方、ロービームとハイビームの照射性能が飛躍的に向上していきます。HID光源が登場し、オートレベリングやステアリング連動スイブルAFS、車速や天候に応じて照射パターンが変化するフルAFS等が次々に実用化されていきます。
2010年代に入ると欧州でADB(配光可変ハイビーム)が認可されます。理論上は前方車両に眩しさを与えずにハイビームと同等の視界を得ることが可能になりますが、歩行者の多い市街地では、衝突の危険が無い歩道上の歩行者もハイビームで照射してしまうという問題が残されていました。
そのような状況を考慮して開発されたのがホンダのADB ”ミドルビームシステム” です。10km/h~30km/hの低速走行時や、車載カメラで捉えた街灯の数から市街地と判定すると、自動的にハイビームの上方1.5°より上側を消灯し、歩行者の頭部を照射しないようなハイビームに変化します。
ホンダADB「ミドルビームシステム」を初搭載したシビック
ミドルビームシステムの説明、歩行者の視認性向上と眩惑低減の両立
実際は歩行者の身長の違いや、道路形状の影響もあり、完全に防眩が出来ている訳ではありませんが、歩行者に与えてしまう眩しさの頻度と程度が低減されることは間違いなく、市街地でもADBの使用頻度を高めることを可能にしています。
まとめ
ミドルビームの実用化の歴史は古く、途中、幾つかの実用化を経て、現在はADB(配光可変ハイビーム)がそのコンセプトを引き継いでいるように思います。
特にホンダ独自のADBコンセプトである「ミドルビーム・システム」は、歩行者の頭部を照射しないハイビームとして考案され、歩行者の視認性向上と眩惑低減の両立を図っています。これは ”DODGE SUPER-LITE” の歩行者の首から下を照らす補助ハイビームのコンセプトの現代版とも言えます。
今後、ADBの性能を更に向上させていくには。車載カメラの誤検知抑制や遠方の歩行者検知等の難しい技術開発を乗り越えていく必要がありますが、いつの日か真のミドルビームが実現する日がくると信じています。