前照灯が眩しいと言われ始めたのは100年以上も前、自動車の黎明期から
19世紀の車載灯具は馬車用のロウソクやランタンを流用し、明るさは数カンデラ程度で眩しくはなかった。遠くを照らすような明るさは無く、主に周囲に存在を知らせる役割を果たしていた
20世紀に入りアセチレンガス灯が普及すると、数百から数千カンデラで少し遠くを照らせる前照灯が誕生する。目に入ると眩しい灯具になったが、まだクルマは少なく、眩しさを感じる頻度は少なかった
1908年にフォードT型の生産が開始されるとクルマが急増、互いの前照灯で眩しい思いをすることが多くなる
ニューヨーク5番街の変遷
左:1900年 ほぼ全て馬車 右:1913年 ほぼ全てクルマ
当時の前照灯はハイビームしかなかった。相手を気遣って消そうと思っても、アセチレンガス灯は走行中に点けたり消したり出来ないからどうしようもない
眩しさの問題が解決されない中で、1910年代前半に電球型前照灯が普及し、その最大光度は20,000カンデラを超えるようになる
交通量は増大を続け、やがて眩しさが我慢の限界を超える。1910年代半ばになると、ニューヨークなど幾つかの都市で、眩しい前照灯の使用が制限される
当時の人は対策を考えた。1915年に前照灯を下向きに傾けることが可能なクルマが登場する
1917年のコーニング社の広告では、前照灯に歩行者が眩しい素振りを見せ、下向きにすることで眩しさを抑制できることをアピールしている
1917年コーニング社広告 左:通常照射 右:下向き照射
その頃の日本は大正時代、自動車産業はおろか自動車そのものが珍しかった時代。一方、米国では既に前照灯の照射範囲を可変するアイデアが出願されていることに驚く
光学ユニット内部の遮光板の形状を変更し、照射範囲を変えるアイデア
US242551 Headlight for motor vehicles 1924年
黎明期を過ぎても光源は進化は続け、前照灯の明るさは増していく。その都度 ”眩しさ” が問題視され対策が施されてきた
・1970年代、ハロゲンバルブ普及 ⇒ ハロゲン装着車に前照灯ウォッシャー義務付け
・1990年代、HIDバルブ登場 ⇒ HID装着車に自動光軸調整システム義務付け
・2020年代、LED普及、光度増 ⇒ 全車に自動光軸調整システム義務付けを審議中
現代の前照灯は上方に漏れ出る光が厳しく抑えられ、大抵の交通シーンであれば他車や歩行者に眩しさを与えることは無くなっている
一方、光軸の調整不足や、道路に起伏があるところでは眩しさを抑えられず、この問題は100年前から変わっていない
前照灯の歴史は、前方を明るく照らしながらも眩しさを与えないという二律背反への挑戦であり、安全と快適を両立させる試行錯誤は今も続いている