車両灯火から路面に文字やシンボルを照射投影する機能を ”路面描画” 、 ”ロードプロジェクション” などと呼びます。古くからあるアイデアですが、前照灯や標識灯とは異なる機能として長らく開発の対象にはなりませんでした
21世紀に入り車両灯火の性能向上が一段落すると、路面に情報を投影する機能の模索が始まります。2010年代には文字や記号を前方路面に投影可能な車両が登場し、法制化が議論されるようになります

2016年12月、メルセデスベンツ・コンセプトカー「DIGITAL LIGHT」
現在は後退灯やターンシグナルと組み合わせた路面描画が実用化され、今後も新たな路面描画が登場すると予想します

トヨタ・カローラクロス、日本初のシグナルロードプロジェクション


シグナルロードプロジェクションの発光部(右:発光部を拡大)
これまでに考案された路面描画のアイデアは多岐に渡ります。ここでは様々な路面描画のコンセプトや歴史、実用化までの道筋をまとめます
路面描画の様々なコンセプト
◆ドライバーへの情報表示、運転アシスト
前方路面にナビ情報や車幅ライン、注意喚起マーク等を投影します。ドライバーはメーターやナビ画面に視線を移すことなく運転に集中することが出来ます


左:ナビゲーション投影 右:進行方向への車線投影


左:自転車へのマーカー照射 右:後方への車幅ライン投影
◆周囲へのターンシグナル表示
ターンシグナルと連動して路面にシェブロン(矢羽根)やラインを投影し、周囲に進行方向を知らせます。車体が見えない位置の相手に対して自車接近と右左折を知らせることが出来ます


左:シェブロン形状の投影 右:破線の投影
◆周囲へのリバース表示
駐車場等から後退する時に周囲へ後退意志を伝え、他車や歩行者との衝突リスクを減らします


左: 現代自動車 ハの字タイプ 右: 平行ライン タイプ
◆後続車の車間維持アシスト
後続車に対して車間距離の目安をスポットやラインで示し、適切な車間維持をアシストします。霧の時は空間に光柱や光幕が出現することで被視認性が向上します


左: 後方路面へのスポット照射 右: 車間距離の目安ライン表示
◆後方二輪車への注意喚起
後方のバイクや自転車に対して左折やドア開放を予告します。巻き込み事故やドアへの衝突などを未然防止します

Laser路面描画システム

Near field projections Concept
左:左折意志の表示 右:ドア開放の注意喚起表示
◆周囲への自動運転モード表示
周囲の歩行者や自転車に対して自動運転モードを知らせます。車体が見えない位置にいる相手や、下を向いて歩く歩行者に対して有効と考えられます

https://chejiahao.autohome.com.cn/info/13418384

https://user.guancha.cn/main/content?id=1105455
SERES AITO M9 自動運転モード表示機能(作動状況は不明)
左:上面視イメージ・CG 右:実際の路面描画・写真
◆道路横断者への意志伝達
道路を横断しようとする歩行者に対してゼブラゾーンを表示して横断を促します。周囲の危険な状況を察知した場合は、横断を留まらせる表示を投影します


左:ゼブラゾーンを投影して横断を促す 右:横断注意マークを投影
◆緊急車両の接近報知
救急車や消防車が前方に車両通過帯を投影し、周囲の車両や歩行者に自車接近を伝えます


上:緊急車両の通過領域(車幅照射)を投影
下:一般車両は救急車の接近を点滅光で察知
◆光の加飾、エンターテイメント
車両近傍にブランドロゴやデザインシェイプを投影し、先進性や高級感を演出します。作動タイミングは停車中に限定されますが、近年は高機能前照灯によるウェルカム or ファーウェル・アニメーションの演出も増加傾向です


左:ドアミラー足元イルミネーション 右:ウェルカムライトカーペット
路面描画の歴史と推移
光を用いた投影技術は歴史が古く、紀元前の ”影絵遊び” に端を発します。17世紀に静止映像を投影可能な装置が発明され、19世紀末に動的映像を投影する映画が生まれます
自動車への投影技術の応用は時間を要しています。19世紀末の黎明期の車両灯火は自車位置を周囲に知らせる標識灯のみ。20世紀初頭に前照灯機能が追加され、21世紀にようやく路面描画の新機能が加わります
◆2000年以前
17世紀の欧州で、色ガラスを用いて壁に映像を投影する ”マジック・ランタン” が発明されます。18世紀~19世紀に流行し、光学知識を学べる娯楽機器として一般家庭にも普及します
日本には江戸時代に伝来し、 ”写し絵”、”錦影絵” として人気を博し、明治時代に ”幻燈” と呼ばれるようになります

19世紀、マジックランタンを見る子供達
19世紀末の自動車は人目を引く存在であったことから広告媒体にも使われ、マジックランタンを搭載した広告宣伝車が流行します。当時の特許には周囲の壁などに広告を投影したり、車体をスクリーン代わりにするアイデアを見ることができます


左:1899年 回転ランタン(マジックランタン) 右:1900年 車体表示のマジックランタン
やがてマジックランタンを安全機能に利用するアイデアが登場します。1934年の雑誌に、車両後方へ方向転換の文字を投影するフランスの特許が取り上げられます

1934年、車両後方路面に文字を投影するターンシグナル特許の紹介
しかし当時の映像投影技術は娯楽や広告への応用が一般的であり、車両灯火に応用しようとする動きは広がりません
◆2000年代
21世紀に入り、HIDの普及やLED、レーザー等の高輝度光源が登場し、車両灯火の明るさと機能は飽和に近づきます。LCD、LCOS、DMD、MEMSなどのSLM(空間光位相変調器)の実用化も進み、車両灯火の新たな機能として路面描画に注目が集まります
象徴的な取り組みは 2000年にBMWが発表したピクセルライト・コンセプトです。DMDプロジェクターを前照灯に見立て、ナビ情報やメーター情報を路面に投影し、視線移動の負担を減らすアイデアを示します

2000年、BMW研究論文 「PIXEL LIGHT」
同じ頃、日系自動車メーカーはレーザーで路面にラインやスポットを投影し、交通事故を未然防止する研究を開始しています。いずれも実用化はされていませんが、内容は特許で確認することが出来ます
トヨタ、デンソーは可視光レーザーで進行エリアを投影します。ホンダと日産は赤外光レーザーで前方路面を照射し、見通しの悪い交差点等において、赤外カメラを搭載する周辺車両に対し、自車接近を伝えます


可視光レーザーで進行領域を示し、周辺車両に自車接近を知らせる


赤外光レーザーで前方路面を照射、周辺車両に自車接近を知らせる
いずれもレーザーを使用する為、目に対する安全基準(ISO60825-1、JIS‐C6802、FDA等)をクリアする必要がありますが、実際はレーザーポインター以上に出力を上げることは難しく、実現には至りませんでした
一方、2000年代に急速な性能向上を遂げたLEDはレーザー安全基準の対象外で、高出力化が容易であることから、以降はLEDを用いた路面描画が主流になります
◆2010年代
2010年代は車両灯火のLED化が進み、車両制御はAIと自動運転技術の開発が本格化します。そのような中、自動運転車と周囲のコミュニケーション手段の1つとして路面描画の活用が模索されるようになります

2015年、三菱電機 自動車向け「路面ライティング」コンセプト
ところが自動運転は各地で実証実験が始まるもののマネタイズが難しく、現在でも普及時期の見通しが立ちません。一方、路面描画そのものを禁止する法律は無い為、現行法規の拡大解釈や各国の特別認可等で路面描画機能の実装に踏み切るケースが現れます
BMWが2011年に投入したマーキングライトは、光のラインを手前路面からマーキング対象に向けて路面に投影し、点滅や左右の動きで誘目性を高めます。ADB(配光可変ハイビーム)機能の一部として作動します

2011年 BMW 6 Coupe、 Dynamic Light Spot 機能
2018年に現代ジェネシスが実装した ”リバース・ガイドランプ” は、後退灯から2本の白線を後方路面に投影し、周囲のクルマや歩行者に注意喚起を行います。光度や照射範囲のいずれも後退灯法規に適合しています

2018年 Hyundai Genesis G90、Reverse Guide Lamp
BMWや現代自動車の路面描画は現行法規の枠内で実装されていますが、用途が現行法規の主旨から逸脱しているとの指摘もあり、路面描画の法整備を求める声が強まります
◆2020年代
大学等の研究機関による路面描画の研究が増加し、法制化の議論が本格化します。欧州委員会のWP29は2022年6月、ドライバーへ注意喚起を促すシンボル4種類を、ADB(配光可変ハイビーム)機能の一部にとして許可します

左から Slipperly road、Risk of collision、Wrong way、Lane keeping assist
法制化の議論と並行し、自動車メーカーが独自判断で路面描画機能を実装する動きも加速します。2022年末に発売されたポルシェ・カイエンは自車線を強調照射するライトカーペット機能を搭載し、同時期に中国で発売されたAITO‐M9も同機能を実装しています

2025年5月 カローラクロスに搭載された日本初・シグナルロードプロジェクションは、光度と照射範囲を現行ターン法規(最大光度1,200cd以下)に適合させた仕様で市場投入しています

https://autoprove.net/not_featured_in_mag/243676/
日本初のグナルロードプロジェクションは現行法規を適用(小糸製作所資料より)
最後に
路面描画の実用化は始まったばかりで、普及して定着するかどうかはまだ分かりません。安全安心を実感できるシーンの有無は使用環境で異なり、見極めにも時間が掛かります。それよりも見た目の斬新さや先進性といったデザイン要素の方が受けるのかも知れません
ネット上では威圧感や煩わしさを不安視する意見もあるようですが、交通事故を減らす効果が少しでも見込めるのであれば、多少の不便や不快には目を瞑り、導入を進めて欲しいと思います
一方で杞憂かも知れませんが、ADAS車や自動運転車のカメラ認識への影響が心配です。テスラは過去の走行撮影データを分析して認識能力を高めているそうですが、路面描画に初めて遭遇するADAS車や自動運転車はどのような挙動を示すのか気になるところです
車両灯火は100年以上に渡り ”標識” と ”照明” の2機能のみで進化を遂げました。21世紀に登場した100年振りの新機能 ”投影” が、今後どのように進化していくのか目が離せません
