ポルシェ・カイエン ”HD‐Matrix ADB” が6万分割に拘る理由

ライティング

 ポルシェが2022年12月に公開した ”HD-Matrix ADB” は片側ライトにLED 32,000個を使用する配光可変ハイビームで、両側ライト合計で64,000分割です

 HDは高解像(High Definition)を意味し、ライト内の4個の光学モジュールのうち下側2個がADBモジュールで、日亜化学の集積LED(□50μmLED × 約16,000個)を2個使用します

 ライトを供給するのはドイツのForvia社(旧 Hella社)です

ポルシェ HD-Matrix ADB        Source ; Porsche

配光可変ハイビームの分割数

 日本車で最多分割数のADBは、レクサスが搭載するブレードスキャンで片側300分割。海外ではベンツの “Digital Light” が片側130万分割で他を圧倒します

 Digital Lightは近年、アウディ、レンジローバー、ボルボに加え、中国メーカーも搭載するようになりましたが、オプション価格が20万円前後と高く、普及価格帯に下がるには時間がかかりそうです

 今回のカイエンは分割数では目立ちませんが、LED点消灯方式としては最多分割数となります。参考に各方式の左右と上下の分割数を示します

 方式                  分割数
・Blade Scan  横 300 × 縦 1   = 計 300
・Digital Light  横 1152 × 縦 1152 = 計 1,325,104
HD-Matrix   横 256 × 縦 64   = 計 16,384

ポルシェを象徴するライト意匠 ”Four Point Signature”    Source ; Porsche 

HD-Matrix モジュール、奥の黄色部がLED×16,000個の集積光源  Source ; Porsche

高解像ADBの機能

 HD-Matrixは片側32,000個のLEDを16ミリ秒周期、10ビット(1,024諧調)で光度を調整し、対向車や先行車に対する遮光領域を最小化して視界を最大化します

 更に高解像の特長を生かし、道路に様々な照射パターンを投影することも可能です。例えば”レーンライトアップ” 機能は、自車線を明るく照射することで進行方向を認識し易くします

レーンライトアップ機能          Source ; Porsche

 現行法規では路面へのパターン投影は出来ませんが、4種類の注意喚起マークについては2025年9月以降の解禁が決定しています

 レーンライトアップ機能は審議中ですが、ポルシェは解禁後にOTAで機能を作動させると思われます

Source ; Response

ダイムラー・デジタルライトの注意喚起マーク投影イメージ    Source ; Daimler

集積LEDを2個使用する理由

 ところで、カイエンのプレスリリースには注意喚起マークの記載がありません。ポルシェは以前から注意喚起マークの実現を目指していた為、記載が無かったことは意外でした

 2014年に遡りますが、ポルシェはドイツ政府の支援を受け、50,000分割ADBを開発した経緯があり、そこでレーンライトアップと注意喚起マークの両機能の実現を目指しました

 レーンライトアップ機能は10,000分割もあれば実現できますが、路面への注意喚起マーク投影は50,000分割以上の解像度が必要とされ、その為にポルシェは50,000分割に拘りました

 当時の集積LEDは1,000~4,000分割が限度であった為、数万分割以上を見込める液晶パネルを用いた ”液晶式ADBユニット の開発に取り組んだのが、VOLIFA2020と呼ばれるドイツの国プロです

ヘラーが灯具、メルクが液晶パネル、エルモス等が回路を担当

 ところが液晶ADBユニットは技術課題が多く、2020年頃にVOLIFA2020は中止され、日亜化学のLED16,000個の集積光源を使用する方式に移行しました

 ポルシェが当初の目標通り50,000分割で注意喚起マーク機能の実現を目指すのであれば、LED16,000個の集積LEDを3個以上使用する必要があります

 カイエンは2個使用と聞き、32,000分割による注意喚起マーク投影の実現を期待しましたが、実際はレーンライトアップ機能のみに留まりました

 先にも述べましたが、レーンライトアップ機能だけなら10,000分割以上、つまり集積LEDは1個で十分なので、敢えて2個を使用した理由は別にあります

 ここから先は憶測ですが、ポルシェが集積LEDを2個使用した理由は、VOLIFA2020で掲げた ”50,000分割” の数字を超えることに拘った為と推測します

 VOLIFA2020で目指した50,000分割は片側ライトの数字で、集積LED2個では32,000分割で届きませんが、左右ライト合計で64,000分割と言い換えることで、表面上の数字はVOLIFA2020を超えたことになります

 もし集積LEDを2個使用することが合理的であれば、その次の車種も2個使用になるハズですが、2車種目のHD-Matrix搭載車となるVWトアレグは、集積LEDを1個しか使用しません

 ポルシェは、64,000分割とした理由について ”最良のパフォーマンスの為” としかコメントしませんが、その裏にはVOLIFA2020の挫折とそれを乗り越えようとする意地が感じられます

最後に

 今後、高解像ADBを搭載する車両が増えていくにつれ、差別化要素は従来のハードウェアから、配光制御や演出などのソフトウェアに移行します

 新鮮なユーザー体験を提供し続けるには、計画的な機能アップデートとそれを支えるソフトウェアの開発体制が必要です。

 欧州や中国は130万分割ADBやリアランプ等のアニメーション演出などで先行していますが、日系自動車メーカーはそれに負けない実力があると思いますので、時代の変化に乗り遅れないようキャッチアップして欲しいと思います。

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