夜間の灯火義務はいつから始まった?

 江戸の庶民が夜間に出歩く時は、須らく提灯を使うイメージでしたが、当時のロウソクは高価で、庶民が気軽に使えるモノでは無かったようです

引用 クリナップ 江戸散策 第58回

香蝶楼豊国一陽斎豊国両国夕涼ミの図

 現代では夜間において、自動車やバイク、自転車等を運転する時はライトを点灯することが当たり前ですし、点灯していなければ違反切符を切られてしまいます。いつの時代から夜間点灯が義務付けられたのか調べてみました

 自動車の夜間無灯火を禁じた最初の法令は、明治36年の愛知県令です(愛知県・乗合自動車営業取締規則・県令第61号)。当時の自動車事情を少し振り返ってみます

 明治19年にドイツで初のガソリン自動車となるパテント・モーターワーゲンが誕生し、明治20年代の中頃になると、欧州で一般向けの自動車販売が盛んになります。日本の新聞や雑誌等でも自動車の話題が少しずつ取り上げられるようになり、明治31年に日本へ初めてパナール・ルバソールのガソリン自動車が持ち込まれました。明治33年には皇室へウッズ社製の電気自動車が献上され、試走で皇居のお堀に落ちた逸話が残されています

 明治30年代は日本の自動車時代の幕開けであり、富豪の好事家は個々に自動車を取り寄せていたようですが、殆どの日本人には縁の無い乗り物でした。そのような中で、明治36年に第5回内国勧業博覧会が開催され、そこに出品された舶来の自動車を多くの人が目にします。勘のいい起業家達は、それまでの乗合馬車に代わる ”乗合自動車” の新規ビジネスに気付き、地元警察に営業許可を多数申請したことが自動車取締規則公布のきっかけになりました

明治36年 鳴戸源之助著 第五回内国勧業博覧会紀念写真帖 アンドルス館内部乃自動車

 明治政府は、自動車関連の法制化については各地の貧富や事情に合わせて府県単位で規則を制定する方針を示し、全国一律の法制化には着手していません。愛知県が初となる乗合自動車営業取締規則を制定後、同年に長野県、京都府、富山県などが続きました

 自動車関連の法規が全国一律で制定されたのは大正8年(1919年)の道路構造令からです。それまで ”自動車” の名称は定まっておらず、”馬なし馬車”、”自動荷車”、”自働車” などの表現も使用されていましたが、道路構造令で ”自動車” に統一されました

 余談ですが、初の国産自動車メーカーは明治44年設立の ”快進社自働車工場” で、”自働車” を社名に入れていましたが、道路構造令が公布される前年の大正7年に ”快進社” に社名変更しています

 明治31年6月1日警視庁令第20号第2条で、夜間走行におけるライト点灯を義務付けたのが最も古い規制と思われます

 自転車は江戸時代末期・慶應年間に輸入が始まり、自動車が初めて輸入された明治31年には、全国の自転車台数は約27,000台に上っています。その殆どは米国からの輸入でした

文久元年(1861年) 世界初ペダル付き自転車ミショー型 フランス 写真はレプリカ・自転車博物館

 自転車が輸入された当初より交通事故が問題視され、大阪府は明治3年に道路上での使用を禁じる自転車取締府令を出します。しかし効果が無かった為、明治5年に悪質な違反者の自転車を没収する旨の取締鋼令を制定しますが、守る人はあまり居なかったようです

引用元 自転車文化センター 日本における自転車の交通安全対策の変遷

 明治3年11月19日の御布告で、馬車や騎馬の夜中無灯が禁止されています

明治6年 憲法類編、明治3年11月19日御布告 より
 「馬車騎馬夜中無燈禁止ノ事」

Source ; 明治7年 違式詿違御条目図解

 明治2年11月23日、東京府の御布告において、午後5時以降に無提灯で通行する者を召し捕る旨の通達が出ています

参照:明治6年 憲法類編明治2年11月23日御布告
 「無提燈通行禁止ノ事」
 「夜五時ヨリ無提燈ニテ往来致シ候者於有之ハ見受次第速ニ可召捕」

 現代では、歩行者に灯火類の携行を義務付ける法令は無く、都道府県警が反射材やライトの携行を呼びかける ”お願い” に留まっています

 明治6年3月25日、日本省第45号布達において、夜間に無提灯で人力車等を曳いたり乗馬することを禁じています

参照:明治6年 憲法類編明治6年3月25日布達
 「夜中無提燈ニテ諸車ヲ曳キ又ハ乗馬スル者」

Source ; 明治7年 違式詿違御条目図解

 灯火の法令が制定された時代に何が起きたのか、なぜ法令が必要になったのかも知りたいところですが、残念ながら理由を記した資料には巡り合えていません。現代でも法律や規制の裏に、様々な思惑やしがらみがあり、簡単に説明できないことが殆どですので、100年以上前の法令の背景や理由が分からないのは仕方がないかも知れません

 当時の文献から情報を拾い上げ、地道に時代考証をしていくしかありませんが、これは意外に面白い作業です。当時の新聞や雑誌から人々の関心事が分かり、特許には問題や不満を背景にした解決手段としてのアイデアが記載されています

 過去を調べることで未来が分かると言います。全ての事象は何等かで紐づいていますので、過去の文献を調べながら、灯火の進化を想像していくことにします

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