20世紀の前照灯自動切替装置

歴史

 1950年代から1960年代に、ハイビームとロービームを自動で切り替える ”前照灯自動切替装” が、世間の注目を集めたことをご存知だろうか

 この装置、対向車の光を検知すると自動的にハイビームがロービームに切り替わり、対向車とすれ違った後はハイビームに戻してくれるので、ドライバーは切り替え操作を行う必要がなくなる

 ハイビームのまま走るクルマを減らす対策として期待され、運転に集中できることから安全性が高まり、交通事故の低減に貢献すると考えられた

Source ; 1955年 世界の自動車 超高級車 p174

対向車が近づくと自動でロービームに切り替える

<部品構成>
 受光器: 光を電流に変換するセンサ
 増幅器: 受光器からの電流を増幅するアンプ
 リレー: 大電流をON/OFFするスイッチ回路 

<作動原理>
 対向車の光を捉えた受光器から電流を出力し、増幅器で電流を増幅した後に、ハイビームとロービームの切替え用リレースイッチを駆動する

 現代では ”オートハイビーム” の名称で、幅広く普及している装置だが、1970年代~1990年代は市場から一度、姿を消している。

 理由は性能が実用レベルには届いていなかったことが大きい。対向車以外の光への誤反応や、前方に反射物があると、前照灯の反射光を誤検知してフィードバックループに陥るなどの不具合が生じた

 結果、実用化当初は期待が高かったものの販売は低迷。一部の高級車のオプションとして1980年頃まで残されていたが、1960年代後半になると人々の関心は薄れ始める

 前照灯自動切替装置が再び世に出てくるのは2000年以降になってから。CCD素子の実用化で対向車の光をカメラで精度良く区分できるようになり、尾灯の弱い赤色光も検出できるようになった為、実用性が飛躍的に向上した

 2001年にGentex社が “Smart-Beam” を発表し、2004年にGMキャディラックSTS、ジープ・グランドチェロキーに搭載されると、以降は様々なメーカーが同様の装置を開発し採用車種が拡大し、現代に至る 

 ここでは市場から姿を消した1950年代~1960年代の製品群にフォーカスする

 米国GUIDE社が世界で初めて実用化した前照灯自動切替装置。キャディラックやオールズモービルへの搭載を皮切りに、複数車種に高級オプションとして採用される

 当時、米国は好景気に沸いており、新車購入者の3割がオートロニックアイを選択した

 1958年に改良が施され、雨や霧などの悪天候時や、市街地などの明るい環境で走行する場合など、様々な交通シーンに対応できるように受光感度を調整できるようした

 1960年に名称を ”GUIDE Matic” に変更し、自車が ”GUIDE Matic 装着車” であることを対向車に伝える為、ビームを切替える瞬間に約1秒間、ハイビームとロービームを同時点灯する自動敬礼機能 ”Safety Salute” を追加

 クルマ雑誌等の広告に掲載され、キャッチコピーは「夜間時の眩惑による事故は解消されました」。性能は感度0.01Lux、300m先の対向車を検知可能とある。価格や販売実績は不明

左から受光部、増幅器、二次リレー
Source ; 1959年8月 日本交通安全協会 道路交通資料4・広告欄

 1958年~1959年に運輸省の補助金を受けて前照灯自動切替装置を開発。走行試験では対向車がハイビーム時200m、ロービーム時50mでの検知に成功

 1959年に開発完了とされている

Source ; 運輸省 1960年 科学技術試験研究補助金による試験研究成果集5-P133

 後付けシステムとして1961年4月に発表、販売価格は初年度7,000円、翌年1962年に6,300円に値下げしている。(当時シールドビーム 約700円、ハウジング等を含めて約2,000円)

 1963年、東洋工業(現マツダ)キャロルのオプション装備に採用

SOURCE ; 1962年 月刊自動車工業・広告

 いすゞ・ヒルマンミンクス・ハイスタイルに、いすゞと松下電器が共同開発した ”ビームアイ” が国内で初めて標準装備として採用。その後、ベレル・スペシャルにも搭載された

 後付けシステムの販売価格は6,950円(取付費除く、1965年情報)

Source ; 1961年 いすゞ技報35号 P27

左: ヒルマンミンクスの受光器(フォグ左側)      右:受光部寸法    

Source ; 自動車ガイドブック1965-1966 広告欄 National 前照灯自動切替装置 ビームアイ

ナショナルブランドで販売されたビーム・アイ

 ”Ever Wing” シリーズでも知られる市川製作所(1968年に発光舎と合併、現市光工業)がリリースした前照灯自動切替装置。「市川製作所のオートロニックアイ」と称された

Source ;  1961-62 自動車ガイドブックVOL8・広告

 高砂電研という会社が試作した前照灯自動切替装置 ”アイリット” の特許を買い取ったのが ”中央エレクトロン”という会社

 「日本の全ての自動車に装着する」という触れ込みで宣伝を行い、全国の投資家から1億4800万円を集めたが、開発は進まず ”アイリット” が世に出ることは無かった

 実はこの話、最初から投資家をだます目的で ”中央エレクトロン” という会社を設立し、装置が未完成にも関わらず誇大広告を打ち、全国850人が被害を受けた詐欺事件とされている

 だまされた人には気の毒だが、当時の人々が前照灯自動切替装置に高い関心を寄せていたことが伺えるエピソードである

 引用 ; 日本秘密情報・ニッポン・スキャンダル P185-P186
引用 ; 投資家の法律・一千万人投資家の必携書 P84-P85

 1961年の経済雑誌に掲載されたインタビュー記事で、白光舎工業(1968年に市川製作所と合併、現市光工業)は前照灯自動切替装置を開発しているとコメント

 1962年に日立製作所が発表した前照灯自動切替装置「ライト・オペレータ」は、環境照度に応じてロービームを自動点消灯する装置で、現代のオートライトに相当。ハイビームとロービームを自動切り替えるオートハイビームとは機能が異なる

 1963年に市川製作所は、前照灯を点灯していたクルマが停車すると、1.5秒後に車幅灯(スモールライト)に切替わる、”ハパック” を販売する

 1965年の日興電機工業株式会社の主要製品の紹介に ”前照灯自動切替装置” の文言を確認できるが、詳細は不明 

 国内における前照灯自動切替装置への期待は、実用化が始まる1960年当時は総じて高かったが、一部では性能面や普及を懸念する声が上がっていた

<懸念を示す記事>
 ・対向車がロービームに切り替えてくれる訳では無く、売れ行きは難しいと思われる
 ・安定した性能を安価に提供できれば
実用価値はあるかも知れない 

 売れ行きに関しては「あまり売れていなかった」とのメーカーの回顧記事があり、現存する装置が殆ど見当たらないことからも、販売数は少なかったようである

 販売低迷の主要因は性能不足で具体的には受光器の感度不足。対向車がロービームの場合、50m~80m以内に接近しないとロービームに切り替わらず、先行車についてはそもそも検知ができない為、結局、手動で操作することが多く使い勝手が悪かった

 前照灯自動切替装置は米国が実用化で先行し、日系カーメーカーも当初は導入に前向きだった。国内のライトメーカーと電機メーカーは新市場を信じて開発競争を行い設備投資を行ったが、結果的にビジネスとしては失敗した

 黒歴史となった技術や製品は人々から忘れ去られ、闇に消え行く運命にある

 国内の自動車照明3社(市光工業、小糸製作所、スタンレー電気)の社史には、前照灯自動切替装置の説明は無く、あっても年表に一行あるのみである  

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